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東京高等裁判所 昭和38年(行ナ)56号 判決 1967年7月29日

原告 青木亀治

被告 酒井佐治

主文

特許庁が、昭和三十八年三月二十九日、同庁昭和三四年抗告審判第二、八二四号事件についてした審決は、取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一求めた裁判

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、被告訴訟代理人は、「原告の請求は棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする」との判決を求めた。

第二請求の原因

原告訴訟代理人は、本訴請求の原因として、次のとおり述べた。

一  特許庁における手続の経緯

被告は、昭和二十三年四月二十八日、原告の有する特許第二三一、五三六号の特許権(昭和三十年一月十一日特許出願、昭和三十二年四月二十四日設定登録)につき、特許無効の審判を請求(昭和三三年審判第一七八号事件)したが、昭和三十四年十月十九日、右申立は成り立たない旨の審決を受けるや、これを不服として、昭和三十四年十二月四日、抗告審判を請求(昭和三四年抗告審判第二、八二四号事件)したところ、昭和三十八年三月二十九日、「原審決を破毀する。本件特許を無効とする」旨の審決があり、その謄本は、同年四月十八日、原告に送達された。

二  本件特許発明の要旨

別紙図面第一に示すとおり、バーナーを備えた炉内に硝子小片と黒鉛を混合して挿入する管を少許の傾斜を付して貫通支承し、この管を回転させるよう設けるとともに、その両端部を適当長炉外に突出させたことを特徴とする硝子小球製造装置。

三  本件審決理由の要点

本件審決は、本件特許発明の要旨を前項掲記のとおり認定したうえ、本件特許発明の出願前公知に属する甲第四号証(抗告審判手続における甲第五号証)(以下「引用例」という。)添付の図面(別紙図面第二)には「カーボランダム加熱体を使用する廻転式電気炉であつて、水平面に対し多少傾斜した炉体を貫通して両端がそれぞれ炉外に突出した廻転管が設けられ、その上部から硝子粉末と炭素粉末との混合物が送り込まれ、下端から硝子小球が排出される装置」が記載されているところ、本件特許発明は、炉の中央部にバーナーを装備し、その火焔で管の一部分のみを高温に加熱するに対し、前記引用例は、管の全長に比し比較的に短い中央部を電力で加熱する点において、両者は相違するが、ガスバーナーで加熱するか電力で加熱するかということは、加熱手段として任意いずれとも当業者の必要に応じ適宜変更しうる程度のものであるから、本件特許発明は、前記引用例の公知事実より当業者の容易に実施しうる程度のものであり、新規な発明を構成するに足りないものと認められるから、本件特許は、旧特許法(大正十年法律第九十六号)第一条の規定に違反して与えられたものというべく、したがつて、同法第五十七条第一項第一号の規定により無効とすべきものである、としている。

四  本件審決を取り消すべき事由

本件審決は、次の点において違法であり、取り消されるべきものである。

(一)  本件審決は、本件特許発明の本質並びに前掲引用例の趣旨を誤認したものである。

本件特許発明の要旨は、前掲記のとおりであるが、その図面(別紙図面第一)には、管5のほぼ中央一か所にバーナー2が表示してあり、「発明の詳細なる説明」の項中には「炉1内の温度がバーナー2附近で八五〇~一、三〇〇度(摂氏)に達したとき撰別硝子小片と黒鉛との混合原料を炉外の入口Aより不銹鋼製の管5内に徐々に挿入する」と説明されている(本件特許公報第一頁左欄下より一六行以下)。すなわち、本件特許発明にあつては、ある一点を硝子の熔融温度以上に熱し、ここにおいて、大体の球体を形成するのである。しかして、小球が、ほぼ形成されたのちの作用については、「管内の硝子小片と黒鉛とを出口Bに向い徐々に移動しつつ硝子小片のみを熔解し、黒鉛によりその融合を阻害して適宜大の粒状化を行い、管5の端部で熔解温度以下に冷却された硝子小球が出口Bより順次流出する」と説明されているように(前記公報第一頁左欄下より七行目以下)、バーナーにより高熱を加えられた硝子小片が粗球となる所より出口Bに至るまでに相当の長さがあり、この間に粗球は、管の回転により円味を加え、炉外に突出した出口Bにおいては硝子の熔点以下に冷却されるのである。これに反し、前記引用例の図面(別紙図面第二)によれば、本件特許発明の管5に相当するものは、ほぼ、その全長にわたつてカーボランダム加熱体により熱せられる構造である(引用例の図面によれば、管2は長さ六・七センチメートル、カーボランダムにより加熱されると思われる部分は四・四センチメートル、炉の厚さ〇・五センチメートル、炉外突出部〇・七センチメートルであり、この長さは硝子球を冷却するには不足である)。原告は、審決が説示するように、加熱方法が軽油バーナーによるか、カーボランダム加熱体によるかを問題にしているのではない。問題は、加熱が管中の一点にあるか、ほとんどその全長にわたるか、したがつて、転出球が管内において熔融点以下に冷却される余地があるか否かにある。

(二)  本件審決は、軽々に前記引用例(甲第四号証)を採用した誤りを犯している。

本件審決は、「甲第四号証の公知事実より」というが、右甲号証の信憑性及び公知事実については、何ら立証されていない。これを前提として公知事実を認定したことは誤りである。右甲号証(証明書)は、一見して怪しむべき点が多々ある。すなわち、(1)右甲号証は、被告がみずから起草し、昭和三十五年五月、松本角造外六名連名の署名捺印のある文書を作成して抗告審判に提出したものであるが、これらの署名捺印中には単に社判及び社印を押捺したものがある。(2)添付図面記載の文言中に「……両端がそれぞれ炉内に突出した回転管2が設けられ……」と記載されているが、右「炉内」は「熔外」でないと全く意味をなさない。証明者は、本書を精読せずして被告に乞われるがままに捺印したものと思われる。(3)本件特許発明の出願日は昭和三十年一月十一日であるが、右証明書には昭和二十九年十二月末日に訪問してこれを見たとある。十二月末日は大抵工場は休業するものであり、この訪問は疑わしい。出願日前にこれを見たことを作為しようがために、この日を選んだものとしか思えない。

第三被告の答弁

被告訴訟代理人は、答弁として、次のとおり述べた。

原告主張の事実中第一項及び第三項の事実は認めるが、その余は否認する。本件審決は正当であり、原告の主張は理由がない。

(一)  本件特許発明の明細書及び図面に示された実施例では、管が中央部分のみ強熱され、残余の部分は加熱されないように構成されてはいるが、本件特許発明の要旨には、これに相当する限定がないのであるから、本件審決が、これを考慮しなかつたのは当然である。一般に炉類は、内部で均一な加熱を行つたからとて、内部温度は各部均一になるものではなく、炉壁や炉の出入口等から熱が逃散するため、中央において高く、端部において低くなるのが普通である。引用例の装置においても、回転管の加熱体に囲まれた部分は、中央部が最も高温で両端に向うに従つて温度は低下する。しかも、加熱体に囲まれた部分の前後には厚い炉壁が存し、さらに回転管は炉外へかなり突出している。すなわち、引用例においても、管は中央部分で強熱され、端部に移るにつれて次第に低温となる。しかも、重要なことは、引用例の装置においても、十分に硝子球が作れるということである。原告の強調する加熱範囲の問題は、本件特許発明の要旨に示されていないのみならず、構造的にも効果的にも引用例との区別にはならないのであり、この問題に関する限り、本件審決を非難すべき理由は全く存しない。

(二)  原告は、本件審決が前記甲第四号証(引用例)を採用したことを不服として、(1)から(3)の疑問点を挙げるが、原告の非難には事実の歪曲がある。右甲号証の証明者中には、社判、社印を押捺したものもあるというが、何故これがいけないのか理解に苦しむ。仮に、それがいけないとしても、一名でも原告の満足する署名捺印がある限り、右甲号証の信憑性は成立する。また、右甲号証の文言の誤記に証明者が気づかなかつたとしても、証明者は、図面と若干の口頭説明でその内容が判明するときは、一字一句まで検討することをしないのが普通であり、抗告審判における三名の特許庁審判官も気づかなかつた事実からみて、証明者の誤記の看過はやむをえないことといわなければならない。さらに、右甲号証中には「昭和二十九年九月頃から少くとも昭和二十九年十二月末の期間中」と記載されているのであるから、原告の主張は事実を歪曲している。

第四証拠関係<省略>

理由

(争いのない事実)

一  本件に関する特許庁における手続の経緯及び本件審決理由の要点が、いずれも原告主張のとおりであることは、本件当事者間に争いのないところである。

(本件審決を取り消すべき事由の有無について)

二 本件審決は、本件特許発明は、前掲引用例の公知事実より当業者の容易に実施しうる程度のものである、としているが、本件特許発明は、前掲引用例とその構成及びこれに伴う作用効果を異にし、これより当業者の容易に実施しうべき程度のものとは認めがたく、他にこれを左右するに足る証拠はないから、本件審決は、この点において判断を誤つたものといわざるをえない。以下、これを詳説する。

(一)  本件特許発明の要旨等

成立に争いのない甲第三号証(本件特許公報)によれば、本件特許発明の要旨は、原告の主張するとおり、「別紙図面第一に示すとおり、バーナーを備えた炉内に硝子小片と黒鉛を混合して挿入する管を少許の傾斜を附して貫通支承し、この管を回転させるように設けるとともに、その両端部を適当長炉外に突出させたことを特徴とする硝子小球製造装置」にあり、この構造により、管は炉の中央のバーナーの附近で直接火焔に熱せられ、その部分においてのみ挿入した硝子小片を熔解させるが、管は、その端部に近づくに従つて若干温度が低く、ことに炉外に突出する出口部分では硝子の熔解温度よりかなり低温となつているので、この出口に達した硝子小球は全く凝固された状態で管から外部に流出するという作用を行わしめ、もつて、きわめて簡単な構造で、しかも、よく硝子小球の連続成形を高能率、かつ、経済的に行うことができる、という効果を挙げしめるものであることを認定しうべく、これを左右するに足る資料はない。被告は、この点について、管が中央部分のみ強熱され、残余の部分は加熱されないようになつている構成は、本件特許発明の要旨ではない旨主張するが、本件特許発明における右構成は、単なる実施の態様を示すにとどまらず、本件特許発明の構成要件の一をなすものであることは、前顕甲第三号証における「特許請求の範囲」の項及び「発明の詳細なる説明」の項の記載に徴し、これを肯認するに十分であるから、被告の前示主張は、当裁判所の容認しがたいところである。

(二)  引用例の記載

引用例(それが真正に成立したものであるか、真正に成立したとして、本件特許発明の出願当時、その記載の構造の廻転電気炉が公然知られていた事実を証明するに足るものであるかどうかについては、本件審決において全く言及するところがないが、その点は本訴においては、しばらくおく。)には、別紙図面第二及びその説明書記載の構造の硝子小球製造装置が記載されている。

(三)  本件特許発明と引用例との比較

前掲引用例が本件特許発明の出願(昭和三十年一月十一日)当時公知であつたとしても、本件特許発明においては、管の中央部においてのみバーナーによつて管内の硝子小片を強熱すること前認定のとおりであるに対し、右引用例は、別紙図面第二により明らかなように、炉内の管のほとんど全長にわたつてカーポランダム加熱体により加熱するものである点において、その構成を異にし、したがつて、本件特許発明において期待される前掲作用効果を挙げうるものとは認められない。被告は、この点について、引用例においても管は中央部で強熱され、端部に移るに従い低温となるから本件特許発明と引用例とは構造的にも効果的にも区別がない旨主張する。引用例においても、端部、とくに加熱体に直接しない部分は、加熱体に直接する部分に比し、やや低温となるであろうことは、推測しえないではないが、端部と中央部との熱温の差は、もとより本件特許発明におけるそれの比でないことは、両者の加熱体の位置及び構成に徴し、これまた容易に窺いうるところである。すなわち、本件特許発明においては、炉内にある管を中央部附近のみで加熱し、その他の部分では加熱することがないので、管内の硝子粗球は出口方向に移動するに従い、次第に熱源から遠ざかるため低温となり、出口に達したときは、全く凝固された状態にあるに対し、引用例においては、炉内の管内にある限り、その管のほとんど全長にわたり加熱され、そこには、管内の硝子球が出口の方向に移動するに従つて低温となることを期待する何ものも存在しないことは、両者の加熱体の位置及び構成に徴し、容易に看取しうるところであり、引用例は、本件特許発明におけるような、出口方向に移動するに伴い管内の硝子粗球を低温下におこうとする技術的思想を有するものとは到底認めることができないから、両者は、この点において、技術的思想及び構成、効果を異にするものといわざるをえない。

また、被告は、引用例の装置においても、現実に硝子小球の製造は可能である旨強調するが、引用例の装置によつて硝子小球の製造が可能であるということは、引用例が本件特許発明と対比して、その技術的思想ないしは構成及び作用効果において、前認定のような差異のある事実を動かしうるものでないことは、いうまでもないところであるから、被告の右主張もまた、これを容認すべき限りではない。

以上詳説したとおり、本件特許発明は、引用例に比し、その技術的思想ないしは構成及び作用効果において前認定のとおり差異があること明らかであり、このような差異がある以上、本件特許発明をもつて、引用例から当業者の容易に実施しうべき程度のものであるとすることはできないものと認めるを相当とする。したがつて、この点について、その見るところを異にし、それを前提として前記のとおり判断した本件審決は、結局、判断を誤つた違法のものといわざるをえない。

(なお、本件審決が、「本件特許発明は炉の中央部にバーナーを装備し、その火焔で管の一部分のみを高温に加熱するに対し、引用例は、管の全長に比し比較的短い中央部を電力で加熱する点において両者は相違する」旨認定しながら、加熱手段が当業者の必要に応じ適宜変更しうる程度のものである、と説示しただけで、本件特許発明が炉の中央部に装備されたバーナーの火焔でその部分のみを高温に加熱するに対し、引用例においては、管の全長に比し比較的に短い中央部を加熱するものである点について何らの判断を示さなかつたことは、「管の全長に比し比較的に短い中央部」という表現自体がはたして引用例の構成を適確に表現しているかどうか疑わしいことともに、理由不備ないし判断遺脱のそしりを免かれない。)

(むすび)

三 以上のとおりであるから、その主張のような違法のあることを理由に、本件審決の取消を求める原告の本訴請求は、引用例の証拠力について判断するまでもなく、理由があるものということができるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 三宅正雄 影山勇 荒木秀一)

別紙

第一本件特許発明の実施例横断平面図<省略>

第二引用装置の図面及び説明<省略>

上図はカーボランダム加熱体を使用する回転式電気炉であつて、水平面に対し多少傾斜した炉体1を貫通して両端がそれぞれ炉内に突出した回転管2が設けられ、其の上端から硝子粉末と炭素粉末との混合物が送り込まれ、下端から硝子小球が排出された管2が水平面に対し傾斜していることは言う迄もない。

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